new-life

"my life is my own choices"

くだらないこだわり

普段の席はおろか無礼講の席であっても言えないような・・・


これはもう経験済み。自分のどうしようもないこだわりは人に言ってはいけない。[2007.11.09]でも書いたのを思い出しました、他人様のこだわりだって聞くに堪えないものがあります・・・自分から他人に対しても何ら変わらないんだと思います。そんなお話を・・・よって ここら辺で去るのがベストだと伝えておきます、手前味噌ですが最大の配意。
世の中のものには人それぞれの記憶が付いて回ります、記憶をもとに色々なものにイメージを持ちます。そこでです、そこでですよ。安直によくある もの をイメージ付けて欲しくないなあ、と思うんです。もの は物であったり単語であったり。イメージ戦略なる言葉がありますしね・・・色々と考えると自分に非があるのは明らかになるんですけどね・・・続けます。なんとなく今まで普通に使っていた言葉が とあるものの所有になる感じが寂しいといいますかね・・・ここまで言ったら例を挙げないと分かりづらいですね、とはいえここまで言うと例を挙げにくいという・・・。大きなのっぽの古時計 がカバーされました、その時に強く思ったんです・・・今までは児童少年合唱団が歌うものというイメージだったものが、日本全国民のその曲に対するイメージがカバーされたもの、と・・・なんだこれは・・・書いててなんと自分が阿呆なんだと思いました。何も背負ってない自分が何を言っているんだという話ですね。インスパイアという言葉を聞くとザネクストと普通に続きます、よってインスパイアという言葉は某製作所のもの・・・とか・・・。
書けば書くほど なんじゃそら という話でしたね・・・。多分ここのログの中に検索サイトで 青空コレクター で検索した時に最初に来るようにしたい!と書いたものが残っていると思います・・・その説明が全くできなくなるこだわりですね、単なるわがまま的な。友達に話さないでよかったなあと思います・・・もし話してたらどうしようもないなコイツと思われて その場がお開きになる勢いだったなあ、危ない危ない。今はーもうー動かないー・・・でもなあ、この歌だけは個人のものというイメージにして欲しくなかったんだなあ。それを言いたいがために話を大きくしましたが、それだけ。というどうしようもないこだわり。これは2002年に発売された時に書くべきだなあ、自分のずれ加減等々が悔やまれます・・・。あーその歌い手さんが大嫌いという事ではなく、あしからず。