new-life

"my life is my own choices"

命日

正確には昨日です。


命日って言葉はどうにも重いものがあります。言葉のイメージなのか、人の命の重さのイメージなのかは分かりませんが、白い歯を見せてはならないんだろうなって気になります。2月9日はばあちゃんの命日でした。
朝起きて線香の匂いに吸い寄せられるように仏壇の前に行きました。
なんせばあちゃんがちゃんと物覚えついてから初めての家族の死だったから衝撃が半端じゃなかった。今でこそ「ばあちゃんの死」って言えるけど、その時は認めたくなかったし、信じられなかったしで・・・ゆっくり周りの人に話とか聞いてもらったり、少しリアリスト過ぎるかもしれないけどばあちゃんがいないって事に慣れていって、今では向き合えています。向き合えてるというか・・・あー人が死ぬってこういう事なんだろうなあって思えるようになっています。リアリスト過ぎるかもだけど、あのままの状態で慣れもしないで崩れ落ちたままだったら・・・って思うと人間の防衛本能かなとも思います。
とはいえね、変わらないものしっかりあって。仏壇の前に行くとじいちゃんがさ、ほんと物静かに座っててさ・・・最近よくばあちゃんの話とかするしさ、やっぱ寂しいんだろうなあ、とか思いが痛いほど伝わってきて。何度も思うけどじいちゃんが泣いてる所見せずに今も笑っていてくれる所にばあちゃんへのものすごい愛情を感じたりします。あと・・・親父がはばからず目頭を押さえた所とかもさ、絶対変わらないばあちゃんへの愛情だと思うし。何より自分自身ばあちゃんの思い出が暖かい思い出ばっかりなんだなあ・・・喉元過ぎれば的な感じじゃなくてほんとに暖かかったし優しかった。ばあちゃんに会いたいなあ、話したい事も山ほどあるよ、今の自分自身も見てもらいたい、ご飯をまた全員で囲みたい・・・。なんだかなあ・・・拝借させてもらうけど、ほんとに今すぐ会える遠い所に行っちゃったんだなあって今日また思わされたよ。
じいちゃんの心は居心地がいいですか?毎年言ってるけどじいちゃんには負けるけどさ、たまには俺の所にも遊びに来てね。なんていうか・・・色々願ってもしょうがないから、今はありがとうだけ言っておくさね。ありがとうってあと何十回か2月9日に言ってればまたそっちでおばあちゃんに会える事を信じて言い続けるよ。百何十回か言えばひ孫も!とか・・・まあいつも通りの笑顔で色々待っててなー。
おばあちゃんへ、2006年2月9日のありがとう。


いつもと雰囲気の違う感じでごめんなさい。どうしても言いたかったので。